わたしの本のこと

翻訳絵本

105にんのすてきなしごと

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カーラ・ラスキン 文  マーク・シーモント 絵  あすなろ書房

 

金曜日の夕がた。

空が暗くなり、街のあかりがともるころ、105人のひとたちが仕事にでかける用意をはじめます。

男の人が92人で、女の人が13人。

まずは全員、お風呂に入ります。シャワーを浴びる人、湯舟でのんびり本を読む人、泡風呂を楽しむ人。

お風呂からあがると、からだをふいて、ひげをそって、バウダーをはたいて。

男の人のパンツは、トランクス派とブリーフ派にわかれます。さむがりの人の下着はとくべつ。靴下にもいろいろあります。ぶきっちょさんや、ずぼらくんもいますね。

女の人のきがえは、もっとめんどうです。パンツ、ストッキング、ガードル、ブラジャー、スリップ…。冷え性対策も怠りません。

でも下着の上に着る服は、みんな白と黒。

 

 おんなのひとのうち、8にんは、くろい ながい スカートを はきました。

 そのうえに、くろい ブラウスか、くろい セーターを きます。

 4人は、くろい ながい ドレスを きました。

 あとの ひとりは、くろいブラウスを きて、

 くろいジャンパースカートを はきます。

 

…なあんていう、おもしろくもない(^_^;)文章が延々とつづくのですが、これがなぜか、絵とあわせて読むととってもおもしろいんですよ。

まさに絵本の醍醐味。

105人の生活を、空からのぞいているような気持ちになります。ささやかな日常がいとおしい。

きがえをすませた105人は、それぞれの家をでて、電車やバスやタクシーや徒歩で、仕事場にむかいます。

 

そこは、大きな音楽ホール。

そう、かれらはオーケストラの音楽家たちでした。

重厚で美しい音が流れはじめます。

ひとりでは到底だせない厚みのある音色が。

 

 

この本は、かつて、すえもりブックスから岩谷時子さんの訳ででていた『オーケストラの105人』の再訳になります。

わたしもむかし、図書館から借りて読んだことがあったのですが、ぶるぶるっと頭を振って、その印象を忘れさり、きもちをあらたに翻訳にとりくみました。

さいごまで悩んだのはタイトルです。

原題は "The Philharonic Gets Dressed"。直訳すれば「オーケストラメンバーがきがえをします」。

そこに「105人」を入れたのは岩谷さんのお手柄です。端的で印象的。さすが!

 

もちろん、そのままは使えません。だけど、105人は使いたい。どうか使わせてください…と、むうむう悩んだ末に『105人のすてきなしごと』としました。

う〜む、敗北感…(-_-)。

ところが読者からは「この人たちの仕事って、いったい何だろうね」とわくわくしながら子どもと読みましたという声をいただきます。

ありがたいことです。

 

ふかいあな

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キャンデス・フレミング 文  エリック・ローマン 絵  あすなろ書房

 

トラに追いかけられて、カエルが穴におっこちました。

 

 ケ、ケロ、ケロ! ケ、ケロ、ケロ!

 ふかい ふかい あな。

 とんでも はねても でられない。

 なんてこったい!

 

カエルをたすけてあげようと、ネズミが手をのばしますが、やはり落ちてしまいます。

なんてこったい!

 

スローロリスがのろりのろりと救助にやってきますが、やはり落ちてしまいます。

なんてこったい!

クマも、サルも、やっぱり落ちてしまいます。なんてこったい!

トラは、これでみんないっぺんに食べてしまえると喜んで、舌なめずり、ぺろぺろりん!

穴の中のみんなは絶体絶命。声をそろえて「なんてこったい!」。

 

ところがそのとき、強力な助っ人があらわれて、一発逆転!

みんなは穴から助け出され、かわりにトラが穴のなか。

こんどはトラがいう番です。なんてこったい!

トラはめそめそ泣いて、たのみます。「みなさん、どうかたすけてください」

 

そしたら、カエルたちが、なんてこたえたと思いますか?

ヒントをあげましょう。

原文では、カエルたちが何度もくりかえす「なんてこったい!」同様、"Oh, no!"です。

みなさんにも翻訳家の苦しみ(と楽しみ)のおすそわけ。(^o^) ふっふっふ。

 

東洋的な絵ですが、アメリカの絵本です。

帯には「最強の読み聞かせ絵本」とあります。

こどもたちに「なんてこったい!」の部分を読んでもらうとたのしいですよ。

マンゴーとバナナ

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ネイサン・クマール・スコット 文  T.バラジ 絵  アートン

 

インドネシアのジャングルに、まめじかのカンチルがすんでいました。

カンチルのなかよしは、さるのモニェ。

元気に遊べば、おなかがすく。でも、たべものさがしは、めんどくさい。

そこで、かしこいカンチルは、いいことを考えました。

マンゴーの木と、バナナの木を育てれば、いつでも実をもぐだけでたべられるはず。

 

やがてマンゴーとバナナがたっぷり実りました。

ところが、さるのモニェは、まめじかカンチルが木にのぼれないのをいいことに、ひとりでたべてしまいます。

サルカニ合戦みたいでしょう。でも、かしこいカンチルがマンゴーをとりかえす方法は、南国的でとても痛快! おおらかな昔話の楽しさに満ちています。

 

この本の絵は、伝統的な更紗の技法で布に描かれています。

巻末に、カラムカリとよばれる古来の技法が写真で説明されていて、ユニークで質の高い絵本です。

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最近、板橋区立美術館で開かれたインド、タラブックスの絵本展に原画が展示されていました。

まさに工芸品のような美しい本で、問い合わせもいただくのですが、出版社がなくなってしまい、手に入りません。どこかでまた出してくれないかしら…。

 

そうそう、主人公の「まめじか」について。

いったいどんな動物かしりたくて、上野動物園のまめじかに、私は会いにいったのでした。

ミニウサギくらいの可愛いシカでしたよ。

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チョコレート屋のねこ

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スー・ステイントン 文  アン・モーティマー 絵  ほるぷ出版

 

小さな村に、チョコレート屋がありました。

チョコレート屋のおじいさんは、きむずかしくて、ひとりぼっち。けっしてわらいません。

お店も古ぼけていて、ほこりをかぶり、ほったらかし。

すべてが投げやりで、さびしくて、たいくつだったのです。

 

あるひ、おじいさんは、チョコレートでねずみを作りました。それをじっと見ていたのは、おじいさんのねこ。チョコレートねずみのしっぽをくわえて、こっそり隣の八百屋にもっていきました。

 

チョコレートねずみをたべた八百屋のおじさんは、なぜか心がうきうき。いいことを思いつきます。

ねこはチョコレートねずみをパン屋にも、花屋にも、もっていきます。

たべた人には、かならず、なにかしらすてきな考えがひらめきます。

そのひらめきが重なっていって、やがて村じゅうに笑顔があふれることになりました。もちろん、チョコレート屋のおじいさんにも。

 

アン・モーティマーの描く猫の絵は、猫好き必見。

ただし、チョコレートがたべたくなるのも必至なので、お覚悟を。(^_^;)

 

もうひとつの見どころは、巻末にあります。

細かい文字で、チョコレート数千年の歴史をぎっしり「チョコレートの話」。

これ、読み応えあるんですよー。

 

チョコレートの原料であるカカオが、古代文明の神々の食べ物だったってこと、しってました?

アステカ帝国の皇帝は、不老長寿の薬としてカカオ飲料を一日50杯ものんでいたそうですよ。

なんと、カカオ豆100粒で、どれい1人と交換できたんですって。

そしてカカオに砂糖をくわえた飲み物が17世紀末のヨーロッパ貴族たちの贅沢品となり、いまのチョコレートのように固形になって庶民がたべるようになったのは、産業革命のときです。

 

この1頁を翻訳するために、わたしは分厚い参考書を何冊も読破し、折しも国立科学博物館で開催されていた「チョコレート展」に編集者Sさんとともに足を運びました。Sさんとの打ち合わせは、有名なチョコレート専門店でショコラショーを飲みながらという甘いおまけつき。ふふふ。

この歴史をしると、チョコレートねずみのふしぎな力についても、なんだかわかるような気がします。

チョコレートの味わいが、ぐっと深まるので、ぜひご一読を

 

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ぶきみな よるのけものたち

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ジアナ・マリノ 作絵  BL出版

 

漆黒の 夜の闇。

目玉だけが きょろきょろ。

目玉の主は フクロネズミ。そして スカンク。

2ひきは、ぶきみな よるのけものが うろついているようだと、にげまわります。

正体がみえないものを怖がると、恐怖はどんどんふくらむものです。

おなじように怯えるオオカミ、そしてクマもやってきて、みんなそろって右往左往…。

さいごに、ぷふふっと笑えます。

このテンポ感、なんだか落語みたい。

  

著者の献辞も しゃれています。

大切な人たちの名前をつらねて「あなたたちが いてくれるから わたしは くらやみが そんなに こわくない」って。そこにピカッと懐中電灯の光があたってるの。いいなあ。

アメリカの若い絵本作家による、視覚的な遊び心あふれる絵本です。

 

しかし、みなさん、この絵本がこれで終わりとおもったら大間違いですぞ。

表紙カバーをはずしてみてください。

な、なんと表紙カバーの裏が登場人物(動物)である「よるのけものたち」、正しくは夜行性動物&薄明薄暮性動物たちの生態図鑑なのだ! ほらほら、みて〜!

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買った人だけの特典ですよね〜♪

てゆうか、この特典、奥ゆかしすぎて、図書館でも扱いに困るだろうし、書店の店頭でも困るだろうし、ネット書店に至ってはサッパリですね。(-_-) だから売れ行きイマイチ。。

訳者としては、この部分の翻訳のために数多の動物図鑑と資料にあたり、相当なエネルギーを注いだので、しくしく…。

でも、作者のジアナが絵本をまるごと楽しもうとした意欲と冒険は大いに評価します。

版元の太っ腹さにもね。(だってお金かかるもん)

 

版元の太っ腹さと奥ゆかしさといえば。

なにしろ漆黒の闇でくらす動物たちの話なので、ほとんどまっ黒な本です。

でも黒いベタ塗りって、印刷・製本としては非常に厄介なんですって。

たしか、二度塗りして、さらに紙どうしがくっついてしまわないようにコーティングが必要ときいたような…(うろ覚えです。まちがってたらゴメンナサイ)。担当編集者の江口さんは、とっても大変だったみたいです。まさに知られざるプロフェッショナル物語。

 

その甲斐あって、できあがりが原書より格段に良い!

日本の職人芸と心意気を感じます。どうぞ、じっさいにお手にとって、ぺろりと皮をむいて、隅から隅まで、ずずーいとごらんくださいませ。

ことりのみずあび

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マリサビーナ・ルッソ 作絵  あすなろ書房

 

  よるです。

  あめが ふっています。

 

都会のビルの上で、小さなことりが雨の大通りをみおろし、小さなつばさをふるわせて、つぶやきました。

 

  あめのひって いやだなあ。ぼく、あめ だいきらい!

 

でも朝になってみれば、おやまあ、いいお天気。

ことりは うれしくなって うたいだしました。

 

  あめが やんだよ、あめが やんだよ。

  みずあびに ぴったりの いいひだよ。

 

ことりは とびたち、アスファルトでおおわれた町のあちこちを、みずあびにぴったりの みずたまりをさがしてまわります。

ちょうど いいみずたまりをみつけて、空から急降下。ちゃっぷーん!

意気揚々と みずあびをはじめるのですが、つぎつぎに邪魔が入るのですよ。ボールがとんできたり、子どもや犬が走ってきたり…!

だって 公園の遊歩道にできた みずたまりなんですもの。

 

こわがりの ちいさなことり。

なんども あわてて にげだします。そのうちに あらまあ、みずたまりがすっかり小さくなってしまいました。

ことりは かなしい こえで うたいます。

 

  みずあびは もう おしまい。きょうは もう おしまいだよ。

 

またこんど雨がふるまで みずあびは おあずけのようです。

ことりは 雨がだいきらいなのに…。

 

ところが…。

うふふ、いいものみーっけ!

都会のことり、けなげで いじらしいなあ。

ささやかだけれど、小さなからだの小さな心臓がトキトキと脈打つのが伝わってくるようなドラマの絵本です。

 

作家のマリサビーナ・ルッソはアメリカの絵本作家。

作品の数は多くありませんが、「ぎょうれつ ぎょうれつ」はやはり、日常のなかのささやかな子どもの喜びをうまくすくいとっていて忘れがたい作品でした。

 

それにしても、わたし、ほんとに「ことり」が好きみたい。ことりの絵本が、ほかにもいろいろありました。

ことりの おそうしき

ロボットと あおいことり

あきちゃった!

ことり だいすき

 

ことりファンのみなさま、どうぞ ごいっしょに。

  ちゃぽちゃぽ ぷるぷるっ!

  ぱちゃぱちゃ ぷるるん!

 

  

あめあめ ふれふれ もっとふれ

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シャーリー・モーガン 文  エドワード・アーディゾーニ 絵  のら書店

 

  しばふに ふりそそぐ 春のあめは、ぽつぽつと やわらかな音。

  どぶにおちる あめは、ぴちゃん、ぽちゃんと、ブリキをたたくような音。

  まどべの子どもたちは、ひんやりしめった 土と草のにおいを くんくんと かぎました。

 

春の雨がふりつづき、女の子と男の子のきょうだいは、もう3日も、外で遊んでいません。

窓から外をながめて、戸外にいる人びとや、花や虫、小鳥や猫や犬をうらやましがるだけ。

わたし、ことりだったらいいのに。猫だったらいいのに。あのおばさんだったらいいのに。

ぼく、じどうしゃだったらいいのに。犬だったらいいのに。新聞配達のおにいさんだったらいいのに。

でもね、さいごには、とてもうれしいことがまっています。

うん、雨の日に、外であそべる子どもがいちばん!

 

絵本といっていいのかなと迷うほどには、文章が長めです。

でもアーディゾーニの絵が大きな牽引力となっているので、やはり絵本かな。

 

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翻訳をしてたのしかったのは、感覚的な表現がとても多いことでした。

雨の日の水の流れや、空気の匂い、光の変化。

特別なことはなにも起きませんが、おとなにとっては幼い日の鋭い感覚がよみがえります。

子どもたちにとっては、かれらが毎日つつまれているふしぎな喜びに、言葉をあてはめる心地よさへとつながるのではないでしょうか。

 

アーディゾーニの絵は、もちろん、地味ですとも。

それゆえにむしろ、多くのことを思い出させてくれるのです。

この味わいを理解してくれる読者と版元のおかげで細く長く版を重ねて、14年間で11刷り。

こういう売れ方が、いちばんうれしい。

 

編集は、鈴木加奈子さん。

装丁は、丸尾靖子さん。

 

サンタクロースのおてつだい

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ロリ・エベルト 文  ペール・ブライハーゲン 写真  ポプラ社

 

とても寒くて、一年中、毛糸のぼうしと手袋がてばなせない北の国に、オンヤという名前の女の子がいました。

もうじき クリスマス。

オンヤは、サンタクロースのお手伝いをしようと心にきめて、さらに北へと旅だちます。

白銀世界の道案内は、小さな赤い鳥。

北へいくにしたがって案内人は、やさしい目をした小馬。ジャコウウシ。そして白熊へとバトンタッチ。

そしてとうとう、オンヤはサンタクロースにあって、お手伝いをするのです。

どんなお手伝いかって?

それは、そりを牽くトナカイたちに号令をかけること。

いやあ、爽快です。そりにつながれたトナカイたちにむかって、大きな声で…

「とべ!」

 

そのすべてが、なんと、写真で語られています。

そぉ、写真なんですよ〜 !

この本を食い入るように読んで「やっぱり サンタクロースっていたんだぁ…」と呟く子どもたち続出とか…。

 

赤いとんがりぼうしをかぶり、北欧サーメ(ラップランド)の伝統的な衣裳にトナカイ毛皮の靴をはいている愛らしいオンヤは、文を書いたロリと写真をとったペールの娘です。

ロリはスタイリストで、ペールはグリーンランドや北極など、雪と氷の世界の写真をナショナルジオグラフィックなどに掲載している写真家なんですって。ナルホド。

北欧の素朴で美しい衣裳や、扉、木のスキーも一見の価値あり。

もちろん、動物たちも。

 

編集は、仲地ゆいさん。

デザインは、わたなべひろこさん。

綺麗な本にしあげてくださいました。

 

 

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