わたしの本のこと

創作絵本

ことりだいすき

偕成社

 

子どものころ、生き物を飼いたくてたまりませんでした。

…いや、「飼う」というのは、ちょっと違うような気がします。

転勤族の団地暮らしは制約が多く、黒馬や牧羊犬とお友達になるのが不可能な夢だというのは、幼児といえども理解はしていたので、ヒマがあれば団地の側溝をのぞいて、カエルか、せめてボウフラがいないかと探しておりました。

人間ではない生き物と電撃的な出会いをして唯一無二の心のつながりを結ぶ。それにしびれるほどのロマンを感じていたのであります。

したがって、スズメやツバメによって、神聖なる営巣地として選ばれる家が、うらやましくてたまりませんでした。

だけど、そんなふうに虎視眈々と見張っている子どものいる家には、ぜったいに営巣しないんですよね−。

 

その後わたしは、地面に落ちている巣立ち雛をみかければ、天啓を受けたジャンヌダルクのごとき高揚感をもって「救済」し、献身的にお世話をし、そして死なせました。くりかえし、くりかえし何羽も。…ごめんね、小鳥たち。

鳥獣保護の立場からすれば、単なる誘拐です。

「小鳥のヒナが落ちていても、ひろわないでね。そばに必ず親がいるから」とあるポスターは正しい。

 

でもね。

声が枯れ、目が腫れるほど泣いた私は、そのたびにステップアップしていき、やがて、小動物レスキューの技能をもつ素人に成長しましたぞ。獣医さんにほめてもらったこともあります。えっへん。

小鳥のヒナをみつけても、しらんぷりしていたら、そうはならなかったと思います。

子どもたちの「自然破壊」はちょっと大目に見てほしいのです。

それが遠回りして、自然を愛し、環境を考える大人たちを育てることではないでしょうか。

 

あらら。

話がそれちゃいました。

まあそんなわけで、小鳥だいすきな子ども時代を絵本にしました。

環境問題とはまったく関係のない、ほにゃらら〜とした絵本ですよ。(^_^;)

なんにせよ、子どもたちの「だいすき」は、じぶん自身の夢の投影です。

その夢がどっちにむかって育つのかを、おおらかに見守りたいものですね。

 

韓国版もでています。