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ドン・フリーマンの絵本
ハロウィーンのまじょ ティリー うちゅうへいく
ドン・フリーマン 作絵 BL出版
ことしも もうじき ハロウィーン。
まじょのティリーは プラネタリウムで星の勉強をして、宇宙にいきたくなりました。
今年のハロウィーンは宇宙人をおどかしにいこうっと。
まず、宇宙船をつくらなくっちゃね。
大鍋に それっぽい材料を入れて、まほうのことばをとなえて、スーパーベッタリ接着剤で部品をくっつけて、トンデケガソリンを注入して、ゴゴゴゴゴーッ!
さすがは優秀な魔女。
優雅に宇宙旅行をたのしみますが、トンデケガソリンが切れて、よくわからない星に不時着。
きっと火星でしょ。だって火星人がいるんだもの。ついでに、おばけや、あくまや、大きなカボチャもいるけど。
ん、それって…?
さて、ティリーのハロウィーンは、どうなるのでしょう。
これもやはり、原書はぎゅう詰めの横組み本だったのを、縦組み読み物の体裁になおしたものです。

左が原書。右が日本語版。
原書は横組みなので、左から右にお話が進みます。
宇宙船の発射シーンが左ページに、宇宙をとびまわる宇宙船のシーンが右ページにと、おなじ見開きにふたつのシーンが入っています。
いっぽう、日本語版では、それぞれのシーンをひとつの見開きで、ゆったりと組んであります。
でも、判型がちょっと小さくなり、宇宙船がお話の進行方向である左にむかうようにと、版をひっくりかえしています。
あまりやりたくないことですが、メリットとデメリット、どちらがよいかを天秤にかけました。
これも子どもの本の翻訳しごとの範疇かなと、わたしは考えています。
アリスン・マギーの絵本
ちいさなあなたへ
アリスン・マギー 文 ピーター・レイノルズ 絵 主婦の友社
本国アメリカで出版される前に、編集者の浜本律子さんがみつけてきた本です。
フランクフルトのブックフェアで、プルーフと呼ばれる校正刷りを立ち読みした浜本さんは、じんわり涙ぐみ、すぐに出版契約を結んだそうです。
けれども翻訳依頼の電話は、ためらいがちでした。
「個人的に感動したんですけど、なかがわさんはこういう本、引き受けてくれないですよね?」
たしかに迷いました。
わたしは基本的に子どものための絵本を作っていきたいと思っています。
そしてこれは、100%大人のための絵本です。
でも、わたしも「個人的に」心を射貫かれてはいたのです。
それは、絵本のなかの子どもが成長して家をでていく姿を、母が見送るところ。
去っていく子どもは家をふりかえり、じぶんが育った家がちっぽけに見えることをいぶかしみます。
子どもがそう感じていることを、母は知っているのです。
なぜなら、じぶんもそうだったから。
わたし自身の子どもが、まさに巣立ちの時期でした。
浜本さんが心を射貫かれたのは、べつの場面だったようです。
お子さんがまだ小さかったからでしょう。
ふうむ。
子育て段階によって、ツボがちがうのね。
でも、この本は、子育て経験のある40代以上の女性読者限定だね。
そんな人たちは自分のために絵本を買わないよー。
きっと売れないにちがいないけどさ、浜本さんもわたしも個人的に気に入ったから、営業部に気がつかれないうちに、そそくさっと出しちゃえ〜!
……というのが、偽らざる経緯です。
もちろん、何度も読み合わせをし、日本とアメリカの子育て文化の違いについても話しあいながら、ていねいに作っていきました。
著者のアリスンの言葉は詩なので、そのまま置き換えることはできません。
著者の意図しない方向へ流れないように、また原文同様、平易な言葉でふれるべきは心のどんな琴線だろうかと、アリスンとも密に連絡をとりました。
本文の文字は、ふつうの女性が日記を綴るような字にしてくださいと、装丁家の水崎真奈美さんに、描き文字でお願いしました。
こうして日本語版がほぼできあがったころ、一足早く発売されていた原書がアメリカで爆発的に売れ、ニューヨークタイムズベストセラー入りという物々しい知らせが舞い込みました。
え〜、なんでだろ〜。ほんとかな〜。まあ、日本とアメリカは違うからね〜。
それまでどおり平熱、いや、低体温のわたしと浜本さん。
けれども、主婦の友社の営業部の判断はちがいました。
「これ、いける!」だったそうです。なんと最初から。
その判断どおり、10代から80代まで、予想をはるかに上回る幅広い読者の方々が、この本を大切なものとして受けとめてくださいました。子育て経験の有無も、男女も関係なしに。
編集部に届いた読者カードの山を午前3時までかけて読んだとき、わたしは何度も頭を下げ、小声でお詫びいたしました。かってに読者を限定しちゃって、ごめんなさい…。
どうやら、この本には、とても豊かな「すきま」があるようです。
そしてそれが、いろんな方の人生の奥行きと共振するのでしょう。
アリスンは、この本の核は「かなしいしらせ」のところだといいます。
愛しい我が子には、つらい思いをしてほしくない。切にそう願う。
けれども人生を十全に味わうためには、かなしみが不可欠であることを、母は知っている。
なぜなら彼女自身、そういうふうに歩んできたからであり、見守ってくれた彼女の母のまなざしをも、知っているから。
その深さが魅力です。
ところで。
メールでのやりとりを続けているうちに、アリスンが、アメリカに数人しかいない私の友だちの、きわめて親しい友だちであることがわかりました。
うーむ、アメリカって小さいね。たぶん人口も30人くらいなんだろね…(*_*)
編集は、浜本律子さん。
装丁は、水崎真奈美さん。
本文文字はすべて描き文字です。「ごくふつうの女性が日記をつづるような文字」というリクエストに応えてくれました。
ぼくのゆきだるまくん
アリスン・マギー 文 マーク・ローゼンタール 絵
雪がふった朝、
男の子が ゆきだるまを つくりました。
これが くちだよ、ゆきだるまくん。
ても つけてあげようね。
ぼうしが ほしいの?
ぼくのを あげる。
ゆきだるまくん。
ぼくの ゆきだるまくん。
男の子は 家に入ってからも 庭のゆきだるまくんをみつめます。
つぎの日も、ゆきだるまくんと遊びます。
豊かな空想時間の たいせつな友だち。
けれど、ゆきだるまくんは とけてしまうのです。
帽子だけをのこして。
春がきて、夏になっても、男の子はときどき思い出します。
あとかたもなく消えてしまった たいせつな友だちのことを。
たいせつにしたものは、なくならないんだって。
ちゃんと どこかに いるんだって。
ほんとかな。
わたしは、男の子が海をみつめて ぽつねんと すわっている姿がすきです。
だけど やっぱり、
いないのと おんなじ。
そう。
これは雪遊びのお話ではなく、喪失の物語。
雪はとけて、水になり、海にそそぐ雨になり、霧になって、すぐそばにいるのかもしれない。
そう思わないといられないほど、たいせつな存在を失ったひとへの。
たいせつにしたものは
なくならないって、ほんとだよ。
きみがいま
アリスン・マギー 文 ピーター・レイノルズ 絵 主婦の友社
きみが いま むちゅうなのは
きいろい カップ
おはようの うた
きらきら まぶしい あさの ひかり
にじいろに かがやく むしの はね
そして
おおきな ダンボールばこ
原題は "Little Boy"。
小さな男の子が夢中になって遊び、見つめ、追いかける物事がつぎつぎに挙げられていきます。
みずたまり。さらさらこぼれる砂。サッカーボール。絆創膏。濡れた犬のにおい…。
ほんとほんと、と笑って頷き、あるいは、そういえばそんなこともあったっけと遠い日を鮮やかに思い出したあたりに…
さきのことなんて しんぱいしない
あしたのために いそぐことも しない
だから
おおきな ダンボールばこに むちゅうに なれる
…とあって、どきん、とします。
くりかえし語られる「おおきなダンボールばこ」は、もちろん、そのままで良いのですが、もっと大きなものの比喩でもあるのでしょうね。
幼い子への愛おしさもさりながら、ふっと時が止まり、じぶんの現在をみつめてしまいます。
アリスンの言葉をのびのびとひろげるピーター・レイノルズの絵がほほえましい。
ピーターの絵って、彼が文章も書いているときと、ほかの人の文章のときでは感触がちがうのよね。(^o^)
◆
そしてこの本も、2019年春にコープロではなく、国内印刷として復刊されました。
まちがい探しのようですが、右が原書、中央が2010年コープロ版、左が今回の新版です。
帯の言葉がすてき。
写真では微妙な色や紙質が伝わりませんが、見返しの黄色と袖の若草緑のバランスも、ひとりのデザイナーが最初から最後まで気を配ればこれだけ違うということがよくわかります。
こういう なんてことなさそうな配慮が、本の「香り」として読む人の心をそっと包むのです。
編集は 浜本律子さん。復刊担当編集は 白田久美さん。
装丁は どちらも、水崎真奈美さん。
復刊の舞台裏は、こちらからどうぞ。
http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=74
たくさんのドア
アリスン・マギー 文 ユ・テウン 絵 主婦の友社
きょうも あしたも あなたは
たくさんの ドアを あけていく
そのむこうに
たくさんの あたらしいことが まっている
あなたは どんなひとに なり
いったい どこへ いくのだろう
どうやって こたえを みつけて いくのだろう
最初に翻訳をしたのは2010年の秋。
アリスン・マギーの詩に、ユ・テウンが控えめながら味わいのある絵をあわせています。
やわらかな のぞみに つばさを つけて
あなたは はばたきはじめる
あなたは まだ しらない
じぶんが どれほど つよいかを
子どもたちは、今日も明日も新しい世界の扉をあけるように生きていきます。
日々のくらしもさりながら、卒業や入学などの大きな節目は、ドアのむこうがわの景色がみえないので不安でもあるでしょう。
そのきもちに寄り添いながら、アリスンの言葉のゆりかごは波のように揺れ、内なる自信と期待を高めていきます。
あなたは まだ しらない
じぶんが どれほど いさましいかを
そう語られれば、子どもたちは、みずからの心をのぞきこみ、じぶんにもまだ未知の勇ましさがあるのだろうかと静かに問うのではないかしら。
これは旅立つ子どもたちへの言祝ぎです。
もっとも、こたえは、みつかるとはかぎりません。
それでも…
あなたは おおぞらに りょうてを さしのべる だいち
うたわれるときを まっている うた
はるばるとした おおきなものに
あなたは まもられている
なにがあろうと
じつはさいごの1文は You are loved more than you know. です。
けれど、わたしは「愛されている」とは訳しませんでした。
このloveには主語がありません。
愛しているのは、だれでしょう。
親、祖父母、先生達、まわりの大人達、ともだち。
西洋の文化ではやはり 神の愛をすぐに思いうかべます。
けれどアリスンはキリスト教的な神を念頭においていたわけではなく、もっと大きな、矛盾も不条理もはらむ宇宙的なものだと教えてくれました。
そこで、こんな訳文になったという次第です。
それにしても。
今日も明日も、あたらしいドアをあけていくのは、子どもたちや若い人たちだけではないようですね。
年をとり、世の中のたいていのことには慣れっこになってしまった年代にとっても、生きていくことはやはり新しいドアを日々あけていくことなのだと、最近、90歳の老父の最期を看取ったわたしは思っています。
◆
さて。
この美しい、けれど地味な一冊が、それなりに評価されたものの、じきに書店から消えてしまったとき、わたしは大して驚きませんでした。
この種の落胆は数えきれないほど味わってきて、鉄壁の免疫ができていますから。
むしろ、驚きのあまり椅子から落ちそうになったのは、毎年毎年、卒業入学シーズンになると全国の読者から「あの本が手に入らないのは困る」という問い合わせが寄せられ、それによって主婦の友社が復刊を決断したときいたときでした。
その顛末は、こちらに書いてありますので、お時間がゆるせばお読みください。
http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=2
http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=15
右が原書。中央が2010年版。
そして左が2018年の復刊版です。
復刊版は、そのことが明白にわかるように、表紙のデザインもあえて変えてあります。
原書と2010年版は タイトルが主役でしたが、復刊版は絵を主役に据えました。
そして復刊版は、コープロ印刷ではなく、国内印刷です。
コープロ特有の紙と印刷の制約がなくなると、どんないいことがあるかというと…
2010年のコープロ版は、扉にカラーインクを使うことができなかったので、灰色のみ。
さびしいですよね。喪中欠礼葉書みたい…。
復刊版では葉っぱを緑色にすることができたので、流れが自然になりました。
見返し紙の色もすこしちがいます。
カバーをはがしてみてください。
本体の紙も、ほら、こんなにちがうのですよ。
コープロ版は青味をおびた白のつるつる。一般的に欧米の紙は青白く、発色はよいのですが、やや冷たく感じます。
復刊版は、ざっくりとした手触り感のある温かい色の紙です。
紙の本は、手で触れながら読むものだから触感をたいせつにしたいというのが、デザイナーの水崎真奈美さんの考えだからです。
「たくさんのドア」を愛して、もういちど命をふきこんでくださったみなさん。
ほんとうにありがとうございます。
小さなともしびとして、この先も手から手へと、わたされていくことを願っています。
編集は 浜本律子さん。復刊版担当は 山口香織さん。
装丁は どちらも水崎真奈美さん。
荻原規子の挿絵担当
これは王国のかぎ
荻原規子 作 理論社
忘れられない瞬間というのはあるもので、出版されたばかりの『空色勾玉』を書店でみつけて手をのばしたときのことを、切り取られた画像のようによく憶えています。
その瞬間を起点として子どもの本の仕事をするようになったので、ご本人は与り知らぬこととはいえ、荻原規子はわたしにとって別格の作家です。
だから、その後も「勾玉シリーズ」を書いていた荻原さんが、ふと横道にそれて(?) 『これは王国のかぎ』を書き、挿絵をわたしにと指名してくれたときには舞い上がりました。
『ふしぎをのせたアリエル号』の挿絵を気に入ってくれたというんですもん。
はりきっちゃいましたよー。
挿絵をみて、読みたい本をきめる子どもは多いものです。わたしも、そうでした。
挿絵って、ほんと大切。そして難しい。
(なのに報酬が少ない…。挿絵画家の質と待遇改善委員会を発足させたいくらいだ)
荻原規子さんとは、その後、何度もお目にかかっているけれど、いつだって初恋の人に同窓会であうみたいにドギマギして落ち着きません。
編集は芳本律子さん。
装丁は太田大八さん。
太田大八さんの装丁なんて畏れ多いですよね。でも表紙の背景色はこの色ではなく、深い赤にしてほしかったの…涙。
グリフィンとお茶を
荻原規子 著 徳間書店
…とまあ、そんなわけで特別なヒトである荻原さんから、徳間書店の文芸PR誌「本とも」に連載する原稿に絵を描いてといわれたときは、一も二も無く「ハイ」と頷きました。
連載当時のタイトルは「アニマ・アニムス・アニマル」。
荻原さんが毎回、動物のでてくる物語についての随想を書くというものでした。
私は送られてきた原稿をよんで、ひぇ、こんどは虎かよ、竜かよ、カエルのケロちゃんかよと慌てて資料をさがし、読書家の荻原さんがとりあげる本すべてを意地で読破し、ちゃっちゃか絵をかくこと20ヶ月。
荻原さんとの仮想対話がたのしい仕事でした。
〆切はいつもスリリングでしたが…。
その連載をまとめた一冊です。
荻原規子ファンは必読ですよ。
編集は村山晶子さんと、上村令さん。
装丁は百足屋ユウコさん。
表紙(カバーをめくった本の本体)の青が理想としていたウェッジウッドブルーよりだいぶ濃くなってしまったのが残念ですが、お洒落な大人カワイイ本になりました。





