わたしの本のこと

アリスン・マギーの絵本

たくさんのドア

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アリスン・マギー 文  ユ・テウン 絵  主婦の友社

 

  きょうも あしたも あなたは

  たくさんの ドアを あけていく

  そのむこうに

  たくさんの あたらしいことが まっている

 

  あなたは どんなひとに なり

  いったい どこへ いくのだろう

  どうやって こたえを みつけて いくのだろう

 

最初に翻訳をしたのは2010年の秋。

アリスン・マギーの詩に、ユ・テウンが控えめながら味わいのある絵をあわせています。

 

  やわらかな のぞみに つばさを つけて

  あなたは はばたきはじめる

  あなたは まだ しらない

  じぶんが どれほど つよいかを

 

子どもたちは、今日も明日も新しい世界の扉をあけるように生きていきます。

日々のくらしもさりながら、卒業や入学などの大きな節目は、ドアのむこうがわの景色がみえないので不安でもあるでしょう。

そのきもちに寄り添いながら、アリスンの言葉のゆりかごは波のように揺れ、内なる自信と期待を高めていきます。

 

  あなたは まだ しらない

  じぶんが どれほど いさましいかを

 

そう語られれば、子どもたちは、みずからの心をのぞきこみ、じぶんにもまだ未知の勇ましさがあるのだろうかと静かに問うのではないかしら。

これは旅立つ子どもたちへの言祝ぎです。

もっとも、こたえは、みつかるとはかぎりません。

それでも…

 

  あなたは おおぞらに りょうてを さしのべる だいち

  うたわれるときを まっている うた

 

  はるばるとした おおきなものに

  あなたは まもられている

  なにがあろうと

 

じつはさいごの1文は You are loved more than you know. です。

けれど、わたしは「愛されている」とは訳しませんでした。

このloveには主語がありません。

愛しているのは、だれでしょう。

親、祖父母、先生達、まわりの大人達、ともだち。

西洋の文化ではやはり 神の愛をすぐに思いうかべます。

けれどアリスンはキリスト教的な神を念頭においていたわけではなく、もっと大きな、矛盾も不条理もはらむ宇宙的なものだと教えてくれました。

そこで、こんな訳文になったという次第です。

 

それにしても。

今日も明日も、あたらしいドアをあけていくのは、子どもたちや若い人たちだけではないようですね。

年をとり、世の中のたいていのことには慣れっこになってしまった年代にとっても、生きていくことはやはり新しいドアを日々あけていくことなのだと、最近、90歳の老父の最期を看取ったわたしは思っています。

 

 

さて。

この美しい、けれど地味な一冊が、それなりに評価されたものの、じきに書店から消えてしまったとき、わたしは大して驚きませんでした。

この種の落胆は数えきれないほど味わってきて、鉄壁の免疫ができていますから。

 

むしろ、驚きのあまり椅子から落ちそうになったのは、毎年毎年、卒業入学シーズンになると全国の読者から「あの本が手に入らないのは困る」という問い合わせが寄せられ、それによって主婦の友社が復刊を決断したときいたときでした。

その顛末は、こちらに書いてありますので、お時間がゆるせばお読みください。

  http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=2

  http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=15

 

右が原書。中央が2010年版。

そして左が2018年の復刊版です。

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復刊版は、そのことが明白にわかるように、表紙のデザインもあえて変えてあります。

原書と2010年版は タイトルが主役でしたが、復刊版は絵を主役に据えました。

 

そして復刊版は、コープロ印刷ではなく、国内印刷です。

コープロ特有の紙と印刷の制約がなくなると、どんないいことがあるかというと…

 

2010年のコープロ版は、扉にカラーインクを使うことができなかったので、灰色のみ。

さびしいですよね。喪中欠礼葉書みたい…。

復刊版では葉っぱを緑色にすることができたので、流れが自然になりました。

見返し紙の色もすこしちがいます。

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カバーをはがしてみてください。

本体の紙も、ほら、こんなにちがうのですよ。

コープロ版は青味をおびた白のつるつる。一般的に欧米の紙は青白く、発色はよいのですが、やや冷たく感じます。

復刊版は、ざっくりとした手触り感のある温かい色の紙です。

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紙の本は、手で触れながら読むものだから触感をたいせつにしたいというのが、デザイナーの水崎真奈美さんの考えだからです。

 

「たくさんのドア」を愛して、もういちど命をふきこんでくださったみなさん。

ほんとうにありがとうございます。

小さなともしびとして、この先も手から手へと、わたされていくことを願っています。 

 

 

編集は 浜本律子さん。復刊版担当は 山口香織さん。

装丁は どちらも水崎真奈美さん。