わたしの本のこと

翻訳児童文学

たくさんのお月さま 物語版

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ジェームズ・サーバー 作  ルイス・スロボドキン 絵  徳間書店

 

この本がアメリカで出版されたのは1943年。

諷刺と機知に富む作家ジェームズ・サーバーが初めて子どものために書いた物語です。

ルイス・スロボドキンの絵が添えられると、その物語はアメリカで年に一冊、もっとも優れた絵本に与えられるコールデコット賞を受賞しました。

 

今でこそ スロボドキンは古典絵本の画家として有名ですが、当時は、まだほんの駆けだし。

コールデコット賞で弾みがついて絵本の道に進んだといっても過言ではないでしょう。

日本がアメリカと戦争をしていた頃のことです。

 

日本にはじめて紹介されたのは、1949年。

光吉夏弥さんの翻訳によるものでしたが、どんな事情があったのか、あまり多くの人の手にわたらないまま消えてしまったようです。

 

それから時は流れて。

呑気な戦後世代の私たち、すなわち編集者 米田佳代子さんと私がこの本の出版を企てたのは1994年のこと。

光吉版のことは夢にもしらず、スロボドキンの絵による「たくさんのお月さま」は本邦初出版だと いばっていたものです。

刊行直前に、光吉夏弥さんの幻の絵本の存在をしり、あわてて大阪国際児童文学館の資料室に走りました。

そのときのことは、こちらに少し書いてあります。https://chihironn.com/menu/569386

 

そんな思い出のある絵本が、このたび判型をかえ、文章も横組みから縦組みにかえて再登場することになりました。

ところが、またもや刊行直前に、ハプニングが…。

 

いかなる運命のいたずらか、70年前の貴重な光吉版が、突如ヤフオクに出現! 

それもたったの千円で…@o@;…という話はブログにも書きましたが、めでたく落札した本を じっくり眺めていたら、たいへんなことを発見してしまったのです。

 

上が原書 (1971年版)。下が光吉版 (1949年刊)。

ちがいがわかりますか?

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 光吉版は、やけに黒々としていますね。

べつのところを比較してみましょう。

 

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光吉版では、青い線とはべつに、黒い線が見えますよね。

当時、多くの絵本は、版画のように、それぞれ違う色の版を重ねて刷られていました。

この絵本についていえば、赤インクと、黄インク、青インク、そして黒インクの四つの版を重ねて刷られていたことが、ほかのページをみると明らかです。

けれども、1971年版の原書のこの頁にだけは、黒いインクが使われていませんでした。

黒は輪郭と陰影の線なので、なんとなくしまりません。

月夜のお城なので青い光を幻想的に描きたかったのかしら…と、ふしぎに感じていました。

しかし、米田編集者は、ずっと疑っていました。

「へんだよ、これ。黒のフィルムを誰かがなくしちゃったんじゃないの〜?」

「いやいや、いくらなんでも、そんな馬鹿なことは許されないでしょ」と首を傾げる私。

どっちにしろ、なにもできないので、そのまま出版されたのが1994年の徳間版です。

 

さてさて。

しつこいですけど、今回、ヤフオクで出会ってしまった 光吉版の出版は1949年。

アメリカで最初に出版され、コールデコット賞を受賞したオリジナルに近いのは、どう考えたってこちらですよね。

たしかに黒インクの版が存在したことが証明されてしまいました。

米田さん、あなたは正しかった!

うーむ。だれでしょうね、黒インクの版をなくしてしまったオッチョコチョイは…。。

 

 

というわけで。

2019年刊行の物語版(右)では、現代の印刷技術を駆使して、失われた黒版を再現しております。

天国の光吉夏弥さんと米田佳代子さんが、にやにや笑っている顔が思い浮かびます。

 

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1994年の絵本版の編集は米田佳代子さん。 

2019年の物語版の編集は小島範子さん。絶妙レイアウトの腕前に感嘆。

装丁は百足屋ユウコさん。

原書の味わいを残しつつ、スタイリッシュになったタイトル文字に感謝。

 

今回の本のメイキング裏話はこちらからどうぞ。

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=72

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=75