わたしの本のこと

創作絵本

ぷんぷんおばけ

理論社

 

怒った顔や気分て、うつりますよね。

どんどん感染して、家中みんなが、ぷんぷん怒りだすのは、なぜだろう。

じつはね、ぷんぷんおばけが、あおっているからなんです。

怒った人の頭からでるぷんぷんけむりがごちそうだから。

 

水彩のマーブリングで作った絵をパソコンにとりこんでフォトショップで加工しました。

のはらひめ

徳間書店

 

最初の絵本です。

わたしの娘は、5歳になる少し前から「おひめさま病」にかかりました。

なにがなんでもピンクがすき。ひらひらのふりふりに憧れ、ディズニープリンセスに熱いまなざしをそそいで、うっとり、なりきり。

はっきりいって、そういうの似合わない顔立ちなのにね…。

まあ、わたしにも覚えがないわけじゃあない、かな。

幼稚園の七夕飾りをみれば、「おひめさまになりたい」短冊がもっとも増えるお年頃。

ということで、5歳のお誕生日の「ご祝儀絵本」として、彼女の夢をかなえる絵本を作りました。

でも先輩女子として、きっちり意見しておきたいことも含めたつもりです。

韓国語版もでています。

 

きょうりゅうのたまご

徳間書店

 

わたしの息子は、2歳のときに重機の魅力にめざめました。

以来、週に二度のゴミ収集の日は、かならず作業員さんに手をふり、どこかで建設機器がうごいていれば、雨でも風でもじっと観察をする日々。

もちろん夜には、はたらく車の図鑑の読み聞かせ。

重機好きの多くが、どうやら恐竜好きに育つように思います。

というわけで息子のお誕生日の「ご祝儀絵本」として作ったのが、はたらく車ときょうりゅうの出てくる、この絵本です。

絵本に出てくる町は、日本のいろんなところにあるであろう、山も海も川もそばにある地方都市。

わたしが子ども時代の数年をすごした仙台をイメージしています。

 

 

たこのななちゃん

徳間書店

 

かなこのおとうさんは、遠い海でさかなをとる漁師さんです。

ひさしぶりに帰ってきたおとうさんがつれてきたのは、足をけがした、たこでした。

かなこは、たこに「ななちゃん」と名前をつけて、いっしょにくらします。

ななちゃんは、7本の足でピアノをじょうずにひくし、ジャングルジムもとくい。おえかきもじょうずです。

 

とってもたのしい毎日。でも、そのうちにななちゃんは海が恋しくなって…。

竜宮城の浦島太郎の逆バージョンをちょっと意識しました。

いつも、ななちゃんを見守っているヒトデは、きっと乙姫さまのお使いです。

 

ことりだいすき

偕成社

 

子どものころ、生き物を飼いたくてたまりませんでした。

…いや、「飼う」というのは、ちょっと違うような気がします。

転勤族の団地暮らしは制約が多く、黒馬や牧羊犬とお友達になるのが不可能な夢だというのは、幼児といえども理解はしていたので、ヒマがあれば団地の側溝をのぞいて、カエルか、せめてボウフラがいないかと探しておりました。

人間ではない生き物と電撃的な出会いをして唯一無二の心のつながりを結ぶ。それにしびれるほどのロマンを感じていたのであります。

したがって、スズメやツバメによって、神聖なる営巣地として選ばれる家が、うらやましくてたまりませんでした。

だけど、そんなふうに虎視眈々と見張っている子どものいる家には、ぜったいに営巣しないんですよね−。

 

その後わたしは、地面に落ちている巣立ち雛をみかければ、天啓を受けたジャンヌダルクのごとき高揚感をもって「救済」し、献身的にお世話をし、そして死なせました。くりかえし、くりかえし何羽も。…ごめんね、小鳥たち。

鳥獣保護の立場からすれば、単なる誘拐です。

「小鳥のヒナが落ちていても、ひろわないでね。そばに必ず親がいるから」とあるポスターは正しい。

 

でもね。

声が枯れ、目が腫れるほど泣いた私は、そのたびにステップアップしていき、やがて、小動物レスキューの技能をもつ素人に成長しましたぞ。獣医さんにほめてもらったこともあります。えっへん。

小鳥のヒナをみつけても、しらんぷりしていたら、そうはならなかったと思います。

子どもたちの「自然破壊」はちょっと大目に見てほしいのです。

それが遠回りして、自然を愛し、環境を考える大人たちを育てることではないでしょうか。

 

あらら。

話がそれちゃいました。

まあそんなわけで、小鳥だいすきな子ども時代を絵本にしました。

環境問題とはまったく関係のない、ほにゃらら〜とした絵本ですよ。(^_^;)

なんにせよ、子どもたちの「だいすき」は、じぶん自身の夢の投影です。

その夢がどっちにむかって育つのかを、おおらかに見守りたいものですね。

 

韓国版もでています。

 

 

創作童話

天使のかいかた

理論社

 

私は転勤族の子どもだったので、犬や猫が飼えませんでした。

なにか、わたしが飼えそうな生き物、おちてないかなあと、はらっぱや側溝をのぞいていたものです。

また、幼稚園の神父さまに「小さな子どもにはみんな一人ずつ、守護天使がついています」と言われたことも魅力的でした。

そのふたつが種となって生まれた物語です。

中国版、韓国版、そしてスペイン語版となって読まれています。

 

スペイン語版をだしたいと、メキシコの出版社から連絡がきたときには驚きました。

だってメキシコって、95%くらい、カトリックの国ですよ。

じつはわたし、そのむかし、ヒト月ほどメキシコの田舎に「留学」してたことがあります。「チヒロはカトリコでない」ことをしると、目をまるくして首を横に振られました。

天使のウンチを流れ星にしちゃったりした本なんて、焚書の対象になるのでは!?

その後、来日した担当編集者に話をきくことができました。

メキシコの子ども達にとって、天使はポピュラーに浸透した「キャラ」なので、とても楽しく受け入れられるのですって! ほほお、カトリコ、懐ふかかった!

売れ行き順調。地道に版を重ねています。

 

日本絵本賞読者賞をいただきました。

「読者賞」というのは、こどもたちの投票によって選ばれるもの。しみじみとうれしく、ありがたい賞です。

 

めいちゃんの500円玉

アリス館

 

お金の話を書きたいと、ずっと思っていました。

あるとき、編集者さんのおじょうさんの日常をきいていたら、彼女(と勝手にわたしが思いこんだ女の子)が主人公となって、ひろった500円玉の使い道にまようお話がうまれてきました。ありがとう、Mちゃん。

500円玉って、お金のなかでは新顔のくせにいばってます。

きっと、あの重量感を笠にきたオレ様性格ですよ。

お金はたいせつなものだけど、なにが正しい使い道なのか。

お金がもつ魔法の力に気づいた子どもたちに、くすくすわらいながら読んでもらえたらうれしいな。

 

 

しらぎくさんのどんぐりパン

理論社

 

さわこと、せいやが、白い貝でできた道をたどっていくと、ふしぎなおばあさんに会います。

白い貝の道は、ほんとうにあるのです。

九州の汽水域にすむ明治生まれのお年寄りが、毎朝、お味噌汁にたべた貝の殻を下駄で踏みつぶして作ったものでした。

とおる人たちの足もとも泥でよごれないしね、って。

家の前から川沿いへと長くのびる、きらきら光る白い道。

ずいぶんいっぱいお味噌汁をたべたのか、それともずいぶん長いこと生きてきたのか…とつぶやいたのは、せいやではなく、わたしでした。

ぼくにはしっぽがあったらしい

理論社

 

おしりに尾骨という、しっぽのなごりの骨があります。

なごりだろうとなんだろうと、しっぽなのです。

この小さな骨は、今でも人が緊張したときにこわばり、リラックスするとゆるむのだと聞いたとき、とても納得しました。

なんだか身に覚えがあるような気がしませんか。

進化の歴史や宇宙のなごりは、私たちのどこかにひそんでいるのです。

そこから妄想がむくむくと…。

「カッパのぬけがら」や「天使のかいかた」「おばけのことならまかせなさい」「おまじないつかい」などへと続くヘンテコ生物シリーズ (非公式名称)の1作目です。

 

まほろ姫とブッキラ山の大テング

偕成社

 

まほろは山里にすむ、お姫さま。

そんなにすごいお姫さまではないので、ふつうの子どものように山をかけまわって遊びます。

まほろが、ふつうの子どもとちがうのは、葉っぱをつかって、なんにでもばけられること。

それは、まほろを育ててくれた乳母の砧(きぬた)が、じつはタヌキだったからです!

乳兄弟の子ダヌキ茶々丸も、人間の男の子にばけて、まほろのおやしきでくらしています。

 

あるひ、まほろと茶々丸は、ばけるのに必要な葉っぱをとりにブッキラ山にのぼり、おそろしいテングと出会います。

このテング、すごくいばっているのですが、本を読んでくださった方にはけっこう人気があります…(^o^)

 

オバケのことならまかせなさい!

理論社

 

わたしは、とてもこわがりの子どもでした。

小学生のとき、楳図かずお氏の漫画がのっている少女フレンド発売日には、本屋の前でわざわざ反対側の歩道にわたり、顔をそむけて歩いていたほど。

でもそうすると、よけいに想像力ムクムクで、こわくなるんですよねー。

どうしたらこの恐怖を克服できるのか…。わたしは真剣に考えました。

そうだよ、仲良くなっちゃえばいいんだ!

そんなわたしの切実な解決方法を、この本にいかしました。

だからね、こわがりのみなさん、安心して読んでください。

 

小さな王さまとかっこわるい竜

理論社

 

わたしは物語を考えるとき、どんどん頭がぼんやりしてきて、そのうちにねむくなります。

ほんとうにぐーすか寝てしまって、むなしく爽快にめざめることがほとんどですが、ぼんやりとした頭のなかに何度も現れるイメージがじょじょに輪郭をあらわして、お話の芯になれば、しめたもの。

 

そのぼんやりイメージを、あまり意識的に成形しないで本にしたのが、この1冊です。

そのせいなのか、今でも、どこかひとごとのように考えます。

あの国では、あれから雨はふったのかしら。

竜は、大きくならなかったのかしらと。

夜空をみあげると、星はやっぱり小さなボタンに見えるのです。

 

郷坪浩子さんの装丁による表紙がとても素敵。

紙の質感もね、おもわず、そっとさすりたくなりますよ。

 

 

 

おまじないつかい

理論社

 

ゆらちゃんのおかあさんは、ちょっと変わっています。

遠足の前に、シーツで巨大なてるてるぼうずを作ったり、ゆらちゃんが学校にいくときに、へんてこなおまじないを唱えたり。

ゆらちゃんは、クラスのみんなに笑われてしまいます。

「おまえんちのかあちゃん、魔女じゃねえの?」

不安になったゆらちゃんが問いただすと、おかあさんは言いました。

「やあねえ。魔女じゃないわよ。まほうつかいでもありません。

 わたしはね……ほら、その……、お、ま、じ、な、い、つ、か、い!」

 

おばあちゃんも、ひいおばあちゃんも、いろんなおまじないをしていたそうです。

つまり、先祖代々、おまじないつかいってこと!?

そんなわけで、ゆらちゃんも、おまじないつかいになるべく修行をはじめます。

 

でもね、おまじないつかいって、地味なんです。

おかあさんは言いました。

「まほうつかいは気がみじかいけど、おまじないつかいは、ゆっくりじっくり、ねがいごとを育てるんだよ」

 

なにをかくそう、わたしも、おまじないつかいです。

ごはんのしたくをほっぽりだして夕焼けをみにいくのも、わたし。

しゃっくりをとめるときに、おまじないダンスをするのも、わたし。

おまじないを忘れて、おたまじゃくしを煮干しにしちゃったのも、わたし (^_^;)。

きらいな人をのろいたくなって、おっと、それじゃ「のろいつかい」になっちゃうよ…と、心にブレーキをかけるのも、わたしです。

 

世界中にたくさん、たくさんいるはずの、おまじないつかいの仲間たち。

みんなの願う力をあつめて、戦争をなくそうね。

 

カッパのぬけがら

理論社

 

夏の川で、ゲンタはカッパの網にかかってしまいます。

川の奥の世界までつれていかれると、ふんぞりかえっていばっているカッパが1匹。

 

おそろしいのか、ひょうきんなのか、いじわるなのか、やさしいのか、よくわからないカッパです。

仲間が次々にいなくなって、今は一人きりだとしょげているので、ゲンタはしばらくカッパといっしょにくらすことにしました。

カッパのくらしは、けっこう楽しい。

このまま、ずっとカッパでいようかな、と思ったりもするのですが…。

 

 

わたしの家の近所に用水路があります。

土手には「泳ぐな、キケン!」とかいた立て札があり、おっかない顔のカッパの絵がかいてありました。

こんな小さな川にカッパなんているのかなあ。

いてもせいぜい、生き残りの1匹だけだろうなと思ったのが、お話のきっかけです。

 

そしてもうひとつ。

ちょうどこのころ、わたしはカエルも脱皮をすることをしりました。

カエルが脱皮をするなら、カッパだってするよねえ。 (科学的根拠はありませんけど)。

 

「天使のかいかた」や「ぼくにはしっぽがあったらしい」とおなじく、絵本と読み物の中間ともいうべき本です。

水の絵は、マーブリングといって、墨流しの技法でつくりました。

水底の光など、グラデーションや、ぼかしの部分は「ブラシ屋さん」と呼ばれる職人さんにお願いをしたものです。

その後じきにブラシ屋さんは廃業なさったとか…。

コンピューター技術の進化と関係があるのでしょうね。今ではわたしもフォトショップで加工をしますから。

でもやっぱり、なんか一味ちがうんですよね、ブラシ屋さんの手仕事は。

初版が2000年の本ですが、なんだか大昔のことのよう。

 

カッパちゃん、どうしているかなあ。 

 

 

 

かりんちゃんと十五人のおひなさま

偕成社

 

風はまだ冷たいけれど、光の春。

くらい箱のなかで、小桜は、ながい夢から目をさましました。

うーん、と背伸びをして、顔のまわりをおおっている和紙をかさこそさせて、すぐ隣にいるはずの小梅と小桃に話しかけます。

小桜、小梅、小桃は三人官女。

今年も、ひなまつりがやってきました。

 

わたしにしては「本格的な」とりあえず文章だけで成立する読み物です。

エブリデイマジック、つまり日常の延長にあるふしぎな世界を描きたいのだ、小さき世界が魅力的だ、できれば日本の風物をつかいたいのだ、布もすきだ、文様もいいのだと、とりとめなく語っていたとき、編集者のHさんが「では、おひなさまですね」と一言。

 

その瞬間、稲妻が夜の闇を照らしたように、お話の全体像が見わたせました。

三人官女や五人囃子がいきいきと動きまわり、笑いさざめく声もきこえたのです。

そのまま電車のなかを走って帰って書きはじめたいくらいの勢いでしたが、いざ書きはじめると、やっぱり闇のなか…。

あれはいったいなんだったのだろうと、しょんぼりうろうろの暗中模索がつづきました。

 

けれど、かたちにならない物語をそっと抱えているあいだじゅう、胸があたたかかった。ときおり言葉の端からひろがる香りがたとえようもなく懐かしかったのは、やはりおひなさまだったからでしょうか。

絢爛豪華だったり、文化財だったり、手作りだったり、折り紙だったり。いろんなおひなさまに会いました。

たくさんの方の思い出話もききました。おひなさまを持てなかった思い出もふくめて。

どなたも、目元がふっとゆるんで遠くをみるまなざしになったことが忘れられません。

 

野間児童文芸賞をいただきました。

翻訳絵本

あかちゃんがどんぶらこ!

アラン・アールバーグ 文  エマ・チチェスター・クラーク 絵  徳間書店

 

さわやかな初夏の朝。

子どもたちは、あかちゃんを乳母車にのせて、浜辺にあそびにいきました。

たくさん遊んで、おべんとうをたべて、あかちゃんのおせわも、ちゃんとしました。

 

でもね。

凧の糸が ぷちんと切れてしまったのです。

そりゃもちろん、みんなで追いかけていきますよねえ。

 

そのすきに、あかちゃんの乳母車が そろりそろりと うごきだし……

波が ざぶーん ざぶーんと打ち寄せて……

あかちゃんは どんぶらこっこと うみの うえ!

 

ああ、なんてこと!

でも 心配ご無用。

あかちゃんには お人形たちが ついています。

お人形の ウサギくんと おぼうしちゃんと パンダさんは、かいがいしく あかちゃんのおせわをしました。

 

大海原の上の 小さな乳母車の 小さな冒険。

はらはらどきどきするけど、くすくす笑えます。

もちろん、大団円のハッピーエンド。

めでたし めでたし。

ふう、おやすみなさい。

 

アールバークの わらべ歌のような、あるいは紙芝居の語りのようなリズムの文章を意識しながら翻訳しました。

ぜひ、声にだして読んでみてください。

 

ところで、タイトルに「どんぶらこ!」を使おうと提案したのは、硬派YA小説の編集で名高い上村令さんです。

いわく「どんぶらこという表現は、べつに桃太郎の専売特許時ありません」だって〜 (^o^)!

 

この本のメイキング話は、こちらからどうぞ↓

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=31

 

ちっちゃい おおきい おんなのこ

クレア・キーン 作絵 ほるぷ出版

 

ちいさな女の子のマティスにとって、海は 大きい。空も 大きい。

世界の なにもかもが大きくて、マティスは とっても ちっちゃい。

だけど、ちいさなマティスには、みっちりと命がつまっています。

 

そして あるとき、マティスに 弟が うまれます。

うわあ、ちっちゃい!

あれ? もしかして、マティスは おおきくなったのかな?

 

弟や妹がうまれるときの不安や複雑な思いは、この絵本のテーマではありません。

とことんポジティブ。

そうだよねえ、新しい命、のびゆく命って、そういうものだよねと微笑ましくて、おもわず口もとがゆるんでしまいます。

うんうん、たのみますよ、ちっちゃい おおきい おにいちゃん、おねえちゃんたち。

 

この絵本のメイキング過程を書いた「ときたま日記」もあわせてどうぞ↓

 http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=16 

 http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=26

いっしょにおいでよ

ホリー・M・マギー 文  パスカル・ルメートル 絵  廣済堂あかつき

 

テレビのニュースをみて、こわくなってしまった女の子。

テロやヘイトスピーチなどの映像を見てしまったようです。

こわばった表情で、おとうさんにたずねます。

「こんなのって いやだ。どうしたらいいの?」と。

 

幼い子どもにそうたずねられたら、大人はなんて答えればよいのでしょう。

「子どもは心配しなくていいよ」と言ってしまいそう…。

でも、それでほんとうに不安は消えるでしょうか。

 

たとえ、どんなにささやかでも、じぶんにできることをする。

そして、同じ思いのだれかと手をつなぐ。

そのほうが不安は和らぐはず。いろんなことが、きっと良い方向へまわりはじめるはず。

 

南米には、一羽のハチドリが小さなくちばしに水滴をふくんで山火事をけそうとした昔話があるそうです。

むだなことをと笑われたハチドリは「わたしにできることをしているだけ」と答えたとか。

近年、環境問題を考える人びとのあいだで「ハチドリのひとしずく」はよく語られるようになりました。

 

絵をかいたパスカルは、「この本はぼくにとって、ハチドリのひとしずくだ」と言っています。

わたしにとっても、小さな小さな、けれどたいせつなひとしずくです。

だれかに届きますように。

 

この本の制作過程については、「ときたま日記」をごらんください。

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=7

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=19

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=25

 

 

 

 

 

 

 

ずっと 

ケイト・クライス 文  サラ・クライス 絵   WAVE出版

 

エリは、うまれたときから、犬のバロンとくらしてきました。家族として。

エリが六才になったとき、バロンはもう おじいちゃん。

残された時間は多くないことに、エリは気づきます。

 

ペットと子どもの別れを描く絵本はいくつかありますが、この本が一味ちがうのは、エリのきもちとバロンのきもちが微妙にすれちがっていることでしょう。そこが文学的。

エリはバロンのために、いろんなことをやってあげたい。あれも、これもと欲張ります。

読者としては、ちょっとハラハラして、えー、それちがうでしょと、エリに注意をしたくなってしまいます。

だけどやっぱり、それでよかったようです。

 

翻訳しながら、O・ヘンリーの賢者の贈り物を思い出しました。

きもちのボタンの掛け違いは、はたからみると、ちょっと滑稽。

それでも濃やかに通うものがある関係というのは、人と人のあいだでも、動物とでも、おなじような気がします。

家族って、きっとそんなもの。

 

この本の依頼をうけたとき、一瞬ためらったわたしに、浜本律子編集者がつぶやきました。

「悲しい本じゃないと思うんです」。

 

訳し終えて、そのとおりだと思います。

幸せな本です。

 

この本の制作裏話は、こちらをお読みください。

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=13

http://chihiro-nn.jugem.jp/?eid=22

 

 

サイモンは、ねこである。

ガリア・バーンスタイン作 あすなろ書房 

 

シンプルなかわいい絵本だけれど、風刺とメッセージがちゃんと隠れています。

しかも押しつけがましくなく、ゆかいな砂糖衣にくるんで。

こんなふうに大人も子どもも重層的にたのしめる絵本がだいすきです。

 

ちなみに、あすなろ書房のY編集者からいただいた翻訳依頼のメールは「ねこ、お好きですか?」でした。

うふふ、うちには、かわいいハンジがいるのよん。

(サイモンと、耳の方向がぎゃくだけど)

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たくさんのお月さま

ジェームズ・サーバー 文  ルイス・スロボドキン 絵  徳間書店

 

福武書店で児童書編集部をたちあげた二人の編集者が、徳間書店に移って児童書を始めたときの企画のひとつ。

「たくさんのお月さま」はすでに、いろんな画家の絵、いろんな訳者で刊行されていましたが、スロボドキンの絵によるオリジナルの絵本は未刊行だったのです。

帯に「スロボドキンの絵は本邦初」のような文章をおさめて入稿しようという矢先に、かつてほんの一時期、光吉夏弥さんがこの絵本を出版されていたことを知りました。あら、たいへん!

貴重な1冊が大阪の国際児童文学館にあるときき、新幹線で大阪へ。

書庫からだされたのは、まさに、これと同じ絵本。

終戦直後の印刷事情のわるい時期に出版されたため、小さくて、紙も粗悪で、印刷文字も曲がったり欠けていたり。

でも、それゆえにこそ、戦後の日本の子どもたちへの熱い思いが感じられました。

そして光吉さんの訳文は、サーバーの文章の難解な部分も誤魔化さずに平易なことばへと噛み砕くなど、終始、子どもたちのほうをむいた配慮がこまやかで、ほんとうにすばらしいものでした。

かけだしの翻訳者としては、その文章を読まないうちに翻訳をすませることができてよかったと胸をなでおろすばかり。

同時に、光吉夏弥さんたちの文章をよんで子ども時代をすごせたことを、しみじみと感謝したのです。

 

 

どうぶつがすき

パトリック・マクドネルド 作絵  あすなろ書房

 

原題は " Me...Jane"。

「わたし、ジェーン」って感じでしょうか。

どうぶつがだいすきな女の子ジェーンの物語。

ジェーンは、おとうさんからチンパンジーのぬいぐるみをもらい、動物と自然への興味をはぐくんでいきます。

にわとりが、どうやって卵をうむのかをしりたくなり、鶏小屋に何時間も潜伏し、とうとうその瞬間を目撃。自然の驚異にいっそう魅了されます。

愛読書は「ターザン」。ターザンの恋人の名前もジェーンですしね。

いつかアフリカにすみたいな。

たくさんの動物たちとなかよくなりたい。

 

ジェーンはその憬れをずっとずっと大切にして……、ふむ、どうなるのかなと絵本の頁をめくると、えっ? なにこれ!?

読者の目は、点になるはず。

わたしもそうでした。

 

これは高名な動物学者ジェーン・グドールの子ども時代を描いたユニークな絵本なのです。

「おおきな ゆめの ちいさな はじまり」

ほんとうに帯のことばのとおり。

 

日本絵本賞 翻訳絵本賞をいただきました。

この本について、もうちょっと詳しく書いた記事は、こちら。

http://www.kodomo.gr.jp/kodomonohon_article/918/

 

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ソーニャのめんどり

フィービー・ウォール 作絵  くもん出版

 

ふわふわのひよこを三羽わたして、おとうさんがソーニャにいいました。

「ひとりで せわを してみるかい?」

 

ソーニャがよく世話をしたので、ひよこはすくすく育ち、卵をうんでくれるようになりました。

ところがあるばん、一羽がきつねに襲われてしまいます。

かなしみと怒りで混乱するソーニャをしっかりうけとめて、おとうさんは静かに話しはじめます。

もしかしたら、きつねにも、おなかをへらした子ぎつねたちがいるのかもしれないよ、と。

 

  おとうさんが ソーニャを かわいがるように、

  ソーニャは ひよこたちを かわいがっていた。

  きつねも おんなじなんだよ。だから いのちを かけて まもるんだ。

  ソーニャなら、きつねの きもちも わかるんじゃないかな。

 

若いアメリカ人作家の、1作目となる絵本です。

こっくりとした色彩。パッチワークのような手芸的で素朴な画風。

とりあえず「小動物の世話をとおして命の尊さを学ぶ本」であることにまちがいありませんが、作者の目線は、そのはるか向こうに投げられています。

ソーニャのおとうさんとおかあさんの肌の色は違います。

近年、とみに排他的なうごきのある世界のなかで、どこの国のどの世代の人びとにも、安直にじぶんの正義をふりかざすのではなく、ふみとどまって考えてほしいという強いメッセージを、わたしは受けとりました。

 

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あきちゃった!

アントワネット・ポーティス 作絵  あすなろ書房

 

いつだって、

いぬの なきごえは ワン。

ねこの なきごえは ニャー。

カラスは カア。ハトは ポー。

 

世間の常識というのは、そういうものです。

ところがあるひ、スズメとおぼしき茶色いことりは、チュンと鳴くのにあきてしまいました。

どんな歌をうたいたいのかわからないけど、とにかく、チュンではありません。

もっとへんてこりんな歌。たとえば…

アチャピッピ ポケプー!

 

だけど、そんなアバンギャルドな行為は世間に受け入れられません。

仲間の鳥たちに呆れられ、バッシングも始まります。

でもね。いったんは自粛した茶色い小鳥は、6分後にまた、へんてこりんな歌をおもいついてしまったのです。

チュルチュル チュルリン チュリッパ!

だって、おもしろいことって、やめられないんですもの。

 

そんなわけで、原書の半分は辞書にのっていないへんてこりんな英語ばかり。

これってもはや翻訳とはいえない。

とりあえず著者に、なにを基準に日本語にしたらよいでしょうとたずねました。

するとお返事は「読者が笑ってくれることを第一目的に」(^o^)

 

そんなわけで、机にむかって、犬の散歩をしながら、あるいはお皿を洗いながらも、わたしは小声で「アッパラポッケ……ポッポケラッタ……プリプリッペン」と呟いて家族に呆れられたのでした。

 

みなさんも、どうぞ、好きな節にのせてお読みください。

いやむしろ、新たなへんてこりん語にかえちゃうことも大歓迎。

ンチャカチャッチャ♪

 

105にんのすてきなしごと

カーラ・ラスキン 文  マーク・シーモント 絵  あすなろ書房

 

金曜日の夕がた。

空が暗くなり、街のあかりがともるころ、105人のひとたちが仕事にでかける用意をはじめます。

男の人が92人で、女の人が13人。

まずは全員、お風呂に入ります。シャワーを浴びる人、湯舟でのんびり本を読む人、泡風呂を楽しむ人。

お風呂からあがると、からだをふいて、ひげをそって、バウダーをはたいて。

男の人のパンツは、トランクス派とブリーフ派にわかれます。さむがりの人の下着はとくべつ。靴下にもいろいろあります。ぶきっちょさんや、ずぼらくんもいますね。

女の人のきがえは、もっとめんどうです。パンツ、ストッキング、ガードル、ブラジャー、スリップ…。冷え性対策も怠りません。

でも下着の上に着る服は、みんな白と黒。

 

 おんなのひとのうち、8にんは、くろい ながい スカートを はきました。

 そのうえに、くろい ブラウスか、くろい セーターを きます。

 4人は、くろい ながい ドレスを きました。

 あとの ひとりは、くろいブラウスを きて、

 くろいジャンパースカートを はきます。

 

…なあんていう、おもしろくもない(^_^;)文章が延々とつづくのですが、これがなぜか、絵とあわせて読むととってもおもしろいんですよ。

まさに絵本の醍醐味。

105人の生活を、空からのぞいているような気持ちになります。ささやかな日常がいとおしい。

きがえをすませた105人は、それぞれの家をでて、電車やバスやタクシーや徒歩で、仕事場にむかいます。

 

そこは、大きな音楽ホール。

そう、かれらはオーケストラの音楽家たちでした。

重厚で美しい音が流れはじめます。

ひとりでは到底だせない厚みのある音色が。

 

 

この本は、かつて、すえもりブックスから岩谷時子さんの訳ででていた『オーケストラの105人』の再訳になります。

わたしもむかし、図書館から借りて読んだことがあったのですが、ぶるぶるっと頭を振って、その印象を忘れさり、きもちをあらたに翻訳にとりくみました。

さいごまで悩んだのはタイトルです。

原題は "The Philharonic Gets Dressed"。直訳すれば「オーケストラメンバーがきがえをします」。

そこに「105人」を入れたのは岩谷さんのお手柄です。端的で印象的。さすが!

 

もちろん、そのままは使えません。だけど、105人は使いたい。どうか使わせてください…と、むうむう悩んだ末に『105人のすてきなしごと』としました。

う〜む、敗北感…(-_-)。

ところが読者からは「この人たちの仕事って、いったい何だろうね」とわくわくしながら子どもと読みましたという声をいただきます。

ありがたいことです。

 

ふかいあな

キャンデス・フレミング 文  エリック・ローマン 絵  あすなろ書房

 

トラに追いかけられて、カエルが穴におっこちました。

 

 ケ、ケロ、ケロ! ケ、ケロ、ケロ!

 ふかい ふかい あな。

 とんでも はねても でられない。

 なんてこったい!

 

カエルをたすけてあげようと、ネズミが手をのばしますが、やはり落ちてしまいます。

なんてこったい!

 

スローロリスがのろりのろりと救助にやってきますが、やはり落ちてしまいます。

なんてこったい!

クマも、サルも、やっぱり落ちてしまいます。なんてこったい!

トラは、これでみんないっぺんに食べてしまえると喜んで、舌なめずり、ぺろぺろりん!

穴の中のみんなは絶体絶命。声をそろえて「なんてこったい!」。

 

ところがそのとき、強力な助っ人があらわれて、一発逆転!

みんなは穴から助け出され、かわりにトラが穴のなか。

こんどはトラがいう番です。なんてこったい!

トラはめそめそ泣いて、たのみます。「みなさん、どうかたすけてください」

 

そしたら、カエルたちが、なんてこたえたと思いますか?

ヒントをあげましょう。

原文では、カエルたちが何度もくりかえす「なんてこったい!」同様、"Oh, no!"です。

みなさんにも翻訳家の苦しみ(と楽しみ)のおすそわけ。(^o^) ふっふっふ。

 

東洋的な絵ですが、アメリカの絵本です。

帯には「最強の読み聞かせ絵本」とあります。

こどもたちに「なんてこったい!」の部分を読んでもらうとたのしいですよ。

マンゴーとバナナ

ネイサン・クマール・スコット 文  T.バラジ 絵  アートン

 

インドネシアのジャングルに、まめじかのカンチルがすんでいました。

カンチルのなかよしは、さるのモニェ。

元気に遊べば、おなかがすく。でも、たべものさがしは、めんどくさい。

そこで、かしこいカンチルは、いいことを考えました。

マンゴーの木と、バナナの木を育てれば、いつでも実をもぐだけでたべられるはず。

 

やがてマンゴーとバナナがたっぷり実りました。

ところが、さるのモニェは、まめじかカンチルが木にのぼれないのをいいことに、ひとりでたべてしまいます。

サルカニ合戦みたいでしょう。でも、かしこいカンチルがマンゴーをとりかえす方法は、南国的でとても痛快! おおらかな昔話の楽しさに満ちています。

 

この本の絵は、伝統的な更紗の技法で布に描かれています。

巻末に、カラムカリとよばれる古来の技法が写真で説明されていて、ユニークで質の高い絵本です。

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最近、板橋区立美術館で開かれたインド、タラブックスの絵本展に原画が展示されていました。

まさに工芸品のような美しい本で、問い合わせもいただくのですが、出版社がなくなってしまい、手に入りません。どこかでまた出してくれないかしら…。

 

そうそう、主人公の「まめじか」について。

いったいどんな動物かしりたくて、上野動物園のまめじかに、私は会いにいったのでした。

ミニウサギくらいの可愛いシカでしたよ。

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チョコレート屋のねこ

スー・ステイントン 文  アン・モーティマー 絵  ほるぷ出版

 

小さな村に、チョコレート屋がありました。

チョコレート屋のおじいさんは、きむずかしくて、ひとりぼっち。けっしてわらいません。

お店も古ぼけていて、ほこりをかぶり、ほったらかし。

すべてが投げやりで、さびしくて、たいくつだったのです。

 

あるひ、おじいさんは、チョコレートでねずみを作りました。それをじっと見ていたのは、おじいさんのねこ。チョコレートねずみのしっぽをくわえて、こっそり隣の八百屋にもっていきました。

 

チョコレートねずみをたべた八百屋のおじさんは、なぜか心がうきうき。いいことを思いつきます。

ねこはチョコレートねずみをパン屋にも、花屋にも、もっていきます。

たべた人には、かならず、なにかしらすてきな考えがひらめきます。

そのひらめきが重なっていって、やがて村じゅうに笑顔があふれることになりました。もちろん、チョコレート屋のおじいさんにも。

 

アン・モーティマーの描く猫の絵は、猫好き必見。

ただし、チョコレートがたべたくなるのも必至なので、お覚悟を。(^_^;)

 

もうひとつの見どころは、巻末にあります。

細かい文字で、チョコレート数千年の歴史をぎっしり「チョコレートの話」。

これ、読み応えあるんですよー。

 

チョコレートの原料であるカカオが、古代文明の神々の食べ物だったってこと、しってました?

アステカ帝国の皇帝は、不老長寿の薬としてカカオ飲料を一日50杯ものんでいたそうですよ。

なんと、カカオ豆100粒で、どれい1人と交換できたんですって。

そしてカカオに砂糖をくわえた飲み物が17世紀末のヨーロッパ貴族たちの贅沢品となり、いまのチョコレートのように固形になって庶民がたべるようになったのは、産業革命のときです。

 

この1頁を翻訳するために、わたしは分厚い参考書を何冊も読破し、折しも国立科学博物館で開催されていた「チョコレート展」に編集者Sさんとともに足を運びました。Sさんとの打ち合わせは、有名なチョコレート専門店でショコラショーを飲みながらという甘いおまけつき。ふふふ。

この歴史をしると、チョコレートねずみのふしぎな力についても、なんだかわかるような気がします。

チョコレートの味わいが、ぐっと深まるので、ぜひご一読を

 

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ぶきみな よるのけものたち

ジアナ・マリノ 作絵  BL出版

 

漆黒の 夜の闇。

目玉だけが きょろきょろ。

目玉の主は フクロネズミ。そして スカンク。

2ひきは、ぶきみな よるのけものが うろついているようだと、にげまわります。

正体がみえないものを怖がると、恐怖はどんどんふくらむものです。

おなじように怯えるオオカミ、そしてクマもやってきて、みんなそろって右往左往…。

さいごに、ぷふふっと笑えます。

このテンポ感、なんだか落語みたい。

  

著者の献辞も しゃれています。

大切な人たちの名前をつらねて「あなたたちが いてくれるから わたしは くらやみが そんなに こわくない」って。そこにピカッと懐中電灯の光があたってるの。いいなあ。

アメリカの若い絵本作家による、視覚的な遊び心あふれる絵本です。

 

しかし、みなさん、この絵本がこれで終わりとおもったら大間違いですぞ。

表紙カバーをはずしてみてください。

な、なんと表紙カバーの裏が登場人物(動物)である「よるのけものたち」、正しくは夜行性動物&薄明薄暮性動物たちの生態図鑑なのだ! ほらほら、みて〜!

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買った人だけの特典ですよね〜♪

てゆうか、この特典、奥ゆかしすぎて、図書館でも扱いに困るだろうし、書店の店頭でも困るだろうし、ネット書店に至ってはサッパリですね。(-_-) だから売れ行きイマイチ。。

訳者としては、この部分の翻訳のために数多の動物図鑑と資料にあたり、相当なエネルギーを注いだので、しくしく…。

でも、作者のジアナが絵本をまるごと楽しもうとした意欲と冒険は大いに評価します。

版元の太っ腹さにもね。(だってお金かかるもん)

 

版元の太っ腹さと奥ゆかしさといえば。

なにしろ漆黒の闇でくらす動物たちの話なので、ほとんどまっ黒な本です。

でも黒いベタ塗りって、印刷・製本としては非常に厄介なんですって。

たしか、二度塗りして、さらに紙どうしがくっついてしまわないようにコーティングが必要ときいたような…(うろ覚えです。まちがってたらゴメンナサイ)。担当編集者の江口さんは、とっても大変だったみたいです。まさに知られざるプロフェッショナル物語。

 

その甲斐あって、できあがりが原書より格段に良い!

日本の職人芸と心意気を感じます。どうぞ、じっさいにお手にとって、ぺろりと皮をむいて、隅から隅まで、ずずーいとごらんくださいませ。

ことりのみずあび

マリサビーナ・ルッソ 作絵  あすなろ書房

 

  よるです。

  あめが ふっています。

 

都会のビルの上で、小さなことりが雨の大通りをみおろし、小さなつばさをふるわせて、つぶやきました。

 

  あめのひって いやだなあ。ぼく、あめ だいきらい!

 

でも朝になってみれば、おやまあ、いいお天気。

ことりは うれしくなって うたいだしました。

 

  あめが やんだよ、あめが やんだよ。

  みずあびに ぴったりの いいひだよ。

 

ことりは とびたち、アスファルトでおおわれた町のあちこちを、みずあびにぴったりの みずたまりをさがしてまわります。

ちょうど いいみずたまりをみつけて、空から急降下。ちゃっぷーん!

意気揚々と みずあびをはじめるのですが、つぎつぎに邪魔が入るのですよ。ボールがとんできたり、子どもや犬が走ってきたり…!

だって 公園の遊歩道にできた みずたまりなんですもの。

 

こわがりの ちいさなことり。

なんども あわてて にげだします。そのうちに あらまあ、みずたまりがすっかり小さくなってしまいました。

ことりは かなしい こえで うたいます。

 

  みずあびは もう おしまい。きょうは もう おしまいだよ。

 

またこんど雨がふるまで みずあびは おあずけのようです。

ことりは 雨がだいきらいなのに…。

 

ところが…。

うふふ、いいものみーっけ!

都会のことり、けなげで いじらしいなあ。

ささやかだけれど、小さなからだの小さな心臓がトキトキと脈打つのが伝わってくるようなドラマの絵本です。

 

作家のマリサビーナ・ルッソはアメリカの絵本作家。

作品の数は多くありませんが、「ぎょうれつ ぎょうれつ」はやはり、日常のなかのささやかな子どもの喜びをうまくすくいとっていて忘れがたい作品でした。

 

それにしても、わたし、ほんとに「ことり」が好きみたい。ことりの絵本が、ほかにもいろいろありました。

ことりの おそうしき

ロボットと あおいことり

あきちゃった!

ことり だいすき

 

ことりファンのみなさま、どうぞ ごいっしょに。

  ちゃぽちゃぽ ぷるぷるっ!

  ぱちゃぱちゃ ぷるるん!

 

  

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