わたしの本のこと

デイヴィッド・ルーカスの絵本

カクレンボ・ジャクソン

デイヴィッド・ルーカス 作絵  偕成社

 

はじめて原書を手にしたときの胸の高鳴りは、よくおぼえています。

突き抜けたように明るくお洒落な背景。

そのわりに目立たない、いや、手を抜きすぎでしょといいたくなるほど地味な主人公。

ちゃんとわけがありました。

主人公のジャクソンくんは、とてもはずかしがりやで、なるべく目立たないように、いつも背景に溶けこんで生きていたのです。

けれど、彼の繊細さが美点として発揮される時がやってきます。

 

原題は Halibut Jackson。

Halibut とは、イギリス名物フィッシュアンドチップスにも使われる、カレイやヒラメににた大きな魚のこと。

つまり、砂底に張りついて目立たないように暮らしているジャクソンくんという意味です。

さあ、これをどう翻訳するか………。

オヒョウ・ジャクソン? ヒラメ・ジャクソン? カレイ・ジャクソン?

悩んで著者のデイヴィッドにメールを書きました。

直訳は無理なので、どこかに妥協点をみいだして日本語の名前をつけなければならないのだけど、あなたがもっとも大切にしたいのは何でしょう?と。

すると意外なことに、返事は「音」でした。

意味もさることながら、Halibut Jacksonの、角張った音が魅力なのだと……。ほほう。。

そこで「かくれんぼ」を片仮名にして苗字にしてしまうことに決定。カクレンボなら、文句なくカクカクしてますもん。

その後、来日したデイヴィッドは「カクレンボ・ジャクソン」の音をとても気に入って、何度も呟いてくれました。

 

ナツメグとまほうのスプーン

デイヴィッド・ルーカス 作絵  偕成社

 

「カクレンボ・ジャクソン」の愛らしい絵、古典と新しさを融合させたチャーミングな作風で世界を魅了したデイヴィッドの2作目。

表紙には、かわいらしい赤毛の女の子とキラキラした星が舞っています。

ところが表紙をひらくと、そこは暗く寒々しく、鉄錆色に荒れはてた世界。

しかも最初の文章は、いきなり…

 

  あさごはんは いつも ダンボール。

  ひるごはんは いつも ひも。

  ばんごはんは いつも おがくず。

 

なにこれ? なによこれ?

わけがわからないまま胸がきゅうっと締めつけられて、デイヴィッド・ルーカスという人物、ただものではない……と思ったのでした。

それでもやっぱり、かろやかなユーモアと、ノスタルジックなおとぎ話の味つけ、絵と色の美しさは保証つきです。

 

くじらのうた

デイヴィッド・ルーカス 作絵  偕成社

 

3作目は、海と空の深い青に染まった絵本です。

海辺の町に、どどーんと、打ち上げられてしまった鯨と、町の人たちのお話。

町と鯨をすくうには、どうしたらよいのか。

いろいろ知恵をめぐらせたあげく、風や月や太陽にも相談をして、とほうもない大きなスケールで、みんなは待つのです。

 

  かぞえきれないほど たくさんの ほしたちは、もちろん、

  たがいに あれこれ そうだんするじゃろう。

 

満天の星の語りあう音がきこえてきそうな頁が、とてもすきです。

ロボットとあおいことり

デイヴイッド・ルーカス 作絵  偕成社

 

働くだけ働いて、心臓が壊れたロボットは、ゴミの山に捨てられてしまいました。

胸がからっぽなのに、話し相手すらいません。

そこへやってきたのは、南の国へ渡りそびれた青い小鳥……。

有名なおとぎ話をいくつか下敷きにしながら、デイヴィッド・ルーカスは現代をみつめ、そこから新たなおとぎ話を紡ぎだします。

 

大人と子どもがわかちあえる絵本で、誰かが誰かの心にすみはじめる瞬間の心のゆらぎをこれほど繊細に描いた作品を、私はほかにしりません。

ほらふきじゅうたん

デイヴイッド・ルーカス 作絵  偕成社

 

古いお屋敷の暗い室内に、大理石の少女像が置かれています。

台座に刻まれた文字は「フェイス」。「信じる」という意味です。

ある午後、大理石の少女フェイスは深い眠りからめざめて、呟きます。

「わたし、ここでなにをしているのかしら」

 

すると足もとに敷かれた虎の絨毯がこたえます。

「きみは魔法で石にされたんだよ」

フェイスは、いつか魔法がとけて、やわらかなほっぺたの女の子にもどれると信じるようになります。

 

ところが、虎の絨毯はぺらぺらしゃべりつづけます。

「ほんとうのことを信じてもらえないとき、人はうそをつく。

おれが話したのはうそばかり。なにひとつ、ほんとうじゃないのさ」と。

 

なにが本当で、なにが噓なのか。

フェイスは混乱します。読者も。

 

ふしぎな物語です。

曖昧とした余韻のなかに、古い宝石箱のように何かがきらめいているような…。

それこそが真実というものかもしれません。

 

作者デイヴィッド・ルーカスは「哲学を、難解な言葉ではなく絵本のポエジーで語ってみたい」と話していました。

哲学と、詩情。

折にふれて読み返す一冊です。

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