わたしの本のこと

アリスン・マギーの絵本

ちいさなあなたへ

アリスン・マギー 文 ピーター・レイノルズ  絵  主婦の友社

 

本国アメリカで出版される前に、編集者の浜本律子さんがみつけてきた本です。

フランクフルトのブックフェアで、プルーフと呼ばれる校正刷りを立ち読みした浜本さんは、じんわり涙ぐみ、すぐに出版契約を結んだそうです。

 

けれども翻訳依頼の電話は、ためらいがちでした。

「個人的に感動したんですけど、なかがわさんはこういう本、引き受けてくれないですよね?」

 

たしかに迷いました。

わたしは基本的に子どものための絵本を作っていきたいと思っています。

そしてこれは、100%大人のための絵本です。

 

でも、わたしも「個人的に」心を射貫かれてはいたのです。

それは、絵本のなかの子どもが成長して家をでていく姿を、母が見送るところ。

去っていく子どもは家をふりかえり、じぶんが育った家がちっぽけに見えることをいぶかしみます。

子どもがそう感じていることを、母は知っているのです。

なぜなら、じぶんもそうだったから。

 

わたし自身の子どもが、まさに巣立ちの時期でした。

浜本さんが心を射貫かれたのは、べつの場面だったようです。

お子さんがまだ小さかったからでしょう。

 

ふうむ。

子育て段階によって、ツボがちがうのね。

でも、この本は、子育て経験のある40代以上の女性読者限定だね。

そんな人たちは自分のために絵本を買わないよー。

きっと売れないにちがいないけどさ、浜本さんもわたしも個人的に気に入ったから、営業部に気がつかれないうちに、そそくさっと出しちゃえ〜!

 

……というのが、偽らざる経緯です。

 

もちろん、何度も読み合わせをし、日本とアメリカの子育て文化の違いについても話しあいながら、ていねいに作っていきました。

 

著者のアリスンの言葉は詩なので、そのまま置き換えることはできません。

著者の意図しない方向へ流れないように、また原文同様、平易な言葉でふれるべきは心のどんな琴線だろうかと、アリスンとも密に連絡をとりました。

 

本文の文字は、ふつうの女性が日記を綴るような字にしてくださいと、装丁家の水崎真奈美さんに、描き文字でお願いしました。

 

こうして日本語版がほぼできあがったころ、一足早く発売されていた原書がアメリカで爆発的に売れ、ニューヨークタイムズベストセラー入りという物々しい知らせが舞い込みました。

え〜、なんでだろ〜。ほんとかな〜。まあ、日本とアメリカは違うからね〜。

それまでどおり平熱、いや、低体温のわたしと浜本さん。

 

けれども、主婦の友社の営業部の判断はちがいました。

「これ、いける!」だったそうです。なんと最初から。

 

その判断どおり、10代から80代まで、予想をはるかに上回る幅広い読者の方々が、この本を大切なものとして受けとめてくださいました。子育て経験の有無も、男女も関係なしに。

編集部に届いた読者カードの山を午前3時までかけて読んだとき、わたしは何度も頭を下げ、小声でお詫びいたしました。かってに読者を限定しちゃって、ごめんなさい…。

 

どうやら、この本には、とても豊かな「すきま」があるようです。

そしてそれが、いろんな方の人生の奥行きと共振するのでしょう。

 

アリスンは、この本の核は「かなしいしらせ」のところだといいます。

愛しい我が子には、つらい思いをしてほしくない。切にそう願う。

けれども人生を十全に味わうためには、かなしみが不可欠であることを、母は知っている。

なぜなら彼女自身、そういうふうに歩んできたからであり、見守ってくれた彼女の母のまなざしをも、知っているから。

その深さが魅力です。

 

 

ところで。

メールでのやりとりを続けているうちに、アリスンが、アメリカに数人しかいない私の友だちの、きわめて親しい友だちであることがわかりました。

うーむ、アメリカって小さいね。たぶん人口も30人くらいなんだろね…(*_*)